教育改革の重要性の意味

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日本の教育制度は、「覚える事」に重きを置く教育です。 現代は、コンピューター革命の結果、論理的に未来を読み取る力がなければ、技術やサービスの競争にも負けてしまいます。
GAFAと呼ばれる、コンピューター社会の巨人企業たちも、こうした未来考察ができる者たちによってつくられてきました。

また、政治とは、私たちの生活の土台を形作るものであり、私たちの生活を守るものです。しかし、覚える教育の結果、多くの人々が「政治に興味ない」人間に育てられてしまっています。 その結果、誤った政治が行われても、多くの人々がその過ちに気づくこともなくなってしまいます。

日本人は戦後、考える力が育成されない国民になるようにと、様々な政策がとられてきました。ところが、いまだにそれを清算し、日本国民がしっかり自らの国の事、政治のことを考えられるような資質をもてる教育体制の再構築がされておりません。

将棋の駒のルールがわからない者に、あなたは将棋をする権利があると言っても、将棋は指せません。 政治も同じです。政治を考えたり自らの意見を持ったり、また政治家の政策の本質が見えなかったら、国民に主権があると言われても、誰がその主権を行使できるのでしょうか?

我々ひまわりの党は、日本の国民にまずは、考える力を取り戻そうと考えています。
小学生の頃から、ロジック(論理)とはどういうものかを授業項目に加え、その他の教科も覚える事よりも考える事によって回答できる教育に変えていく必要があります。
そうした教育によって「落ちこぼれ」る子供が出ないように単位制の導入。科目毎に進級することができる教育体制などを検討すべきと考えています。 また、中学生にはディベートを学ぶ機会を与え、言語による論理のごまかしや誘導といった技術に騙されない思考を育てることも必要と考えています。
そして、中学校からお金の稼ぎ方、仕事の選択の仕方、実際の仕事への関りなどの教育を取り入れ、実生活における自立した大人になるための社会人教育も重要であると考えています。 こうした教育改革は一朝一夕にできる事ではありませんが、国民が主権を行使することができる国にするためにもぜひ取り組んでいくべき課題であるとひまわりの党では考えています。